されど、恋は盲目。恋人達は自分達の莫迦には気づかない —But love is blind and lovers cannot see The pretty follies that themselves commit

ここ、イギリスの食べ物はおいしくない、とよく言われる。少なくとも日本人は「イギリスの食べ物はおいしくないよねー」と気軽に言う。その指摘は半分正しく、半分間違っている。

まず、イギリスのローカル料理は確かにあまり美味しくない。イギリス料理の代表的な食べ物というと、日本人はまずフィッシュ&チップスを思い浮かべると思うが、それは、まあ、おおよそ間違っていない。というか、大抵のものにチップス(=ポテトフライ)がもれなくついてくる。フィッシュフライの代わりに、ラムチョップだったり、プディングだったり、何だか得体のしれないパイだったりするが、チップス(またはマッシュポテト)は大体そっと(と言うには多すぎるくらい)皿に載っている。要するに、何か揚げるか、焼くかしたものの横にポテトがあるという構図である。また、味付けもよく言えばシンプル、悪く言えば味に深みがない。まあ、何か肉焼いて塩ふってポテトと一緒にだしときゃいいんだろ、くらいの感覚である(注:多分にワタシの偏見が入っています)。

一方で、さすがかつて世界の半分を制覇しただけのことはあり、ロンドンであればどんな国の料理でも食べられる。イタリアン、中華、インド料理の店が目立つが、日本食レストランもそれなりに充実している。味も悪くない。問題は、こちらでは外食はとても高い、ということで、ちょっとした料理が平気で10ポンド、20ポンドする(1ポンドは現在約160円)。日本で外食するのに比べると、おそらく1.5倍くらいはお金がかかる印象である。お金のない学生には外食はなかなか高嶺の花で、飲みに行くこともちょっとためらう。

が、おごってもらえるとなれば話は別である。今日はいつも研究の手伝いをしてくれている技官(私より年下)が何か話したいことがあり、おごってくれるというので植物園近くのパブに来ている。

電子顕微鏡技術官のエルシー・クーパー(以下、C):それでね、結局アイツ二股かけてたワケよ。ちょっと、ユーリ? 聞いてるの?
ワタシ(以下、渓):あー、聞いてる聞いてる。あ、おじさん、ギネスもう一杯。ついでに、チップももう一皿。お金はこっちの人からもらって。C:…聞いてないでしょ?渓:聞いてるって。つまり、シュレディンガーの猫を食べるかどうかで悩んだんだでしょう?C:どこが聞いてるのよっ。もう、何のためにおごってると思ってるの? 私の話を聞いてもらうため何だからね? 大体、ユーリ、そんなに性格悪いと恋人どころか友達もいないでしょう?

渓:…ふう、ギネスはエクストラコールドじゃない方がやっぱり美味しいなあ。で? 何の話?

C:もういいわよ…。

渓:そもそもワタシを恋愛相談の相手に選ぶなんて間違ってるわよ。

C:そんなの分かってるわ。私だって、魔王を相手にどうしたら世界が平和になるのかをまじめに相談しに行ってる勇者みたいに無謀だってことくらい、分かってるのよ。

渓:…魔女は言われたことがあるけど、魔王は…。

C:破壊神の方が良かった?

渓:いや、そういう問題じゃないから。しかし、エリス、何であなたそんなに振られる訳? 日本人の私から見ても、あなた美人だし、スタイルもいいし、まあそりゃ性格はねじくれ曲がってるけど、ぎりぎり何とかカバーできなくもないような気がする範囲でしょ。

C:あなたにだけは言われたくないわね、それ。何で振られるか、か。まあ、結局、男を見る目がないのかしらね。

渓:男を見る目、か…まあ、もし目で足りないならお得意の電顕(=電子顕微鏡)を使って男を見てみたら? ミクロレベルでよく見えるわよ。

C:いいアイデアだけど、一旦水分を全部飛ばして、真空空間にぶち込む必要があるのが問題ね。ああ、もういいや…ところでさ、ユーリは何かそういう話、ないの? だってほら、あなたって性格はねじ切れてるけど、あくまで見た目はかわいらしい感じだし、ついが魔が差した男とかに言い寄られたりするんじゃない?

渓:ねじ切れてたら、ねじれが解消していっそすっきりするんじゃないかしらね、性格。まあ、確かにこっちの人間の中にはアジア系の女性が好みっていう人もいるからね、そういうことも全くない訳じゃないけど…なぜか、この笑顔を向けると大体みんな瞬時に退散するわね。

C:…まあ、殺気っていうのは万国共通ってことね。でも、彼氏ほしくないの? 外国にいるわけだし、余計に寂しいでしょ?

渓:あ、ギネスをもう一杯。

C: …また、人の話を聞いてない。

渓:聞いてるわよ。余興のサビがどうしたって?

C:英語で話している前提を覆すような発言は慎んでくれる? 寂しくないのか、ってこと。若いのに彼氏もいないなんて、人生を無駄にしてるわよ。

渓:まあ、遠く日本からわざわざイギリスまで来て、毎日別に美しい花をつけるわけでもない植物を眺めて暮らしている時点で、かなり人生無駄にしている気がするけどね。

C:あは、植物が恋人ってやつ?

渓:植物とヒトではが違うけど。

C:もう、それだけ研究に夢中なのか、ってことよ。まあ、仕事に夢中っていう点では私も負けてないけどね。私、毎日毎日仕事で電顕(電子顕微鏡)を見ているから、よく電顕の声が聞こえるわ

渓:…それ、絶対に幻聴だから、病院行ったら

C:ちなみに、何て言ってるか、知りたい? うちの子、二次電子を検出しているときとか、本当にいいこと言うんだけど。

渓:いや、いい…何となくあなたが振られる理由、分かった気がする。仕事熱心なのはいいけど、その機械フェチ、やめた方がいいわよ。

C:機械フェチじゃないわ! 私は電顕を溺愛しているだけ。そうそう最近分かったんだけど、電顕のイオンポンプの吸引音を録音して夜聞くとよく眠れるのよ! ターボ分子ポンプじゃダメなわけ。知ってた?

知るか。

こちらの大学や研究機関の高い機械には必ず技官さんがついています。この人達が機械の操作方法のレクチャーからメンテナンスまで(時には代わりに実験をしてくれることもある)何でもしてくれます。とても便利ですが、逆に言うとこの人達の許可なく機械を使えないので、その点は不便。大抵の技官が自分の機械をとっても愛していて、時間外や変な使い方をしようものなら、まあ大変。

その点、日本の大学・研究機関は、「機械は買うが、人は雇わない」が基本なので、一部のお金持ちなところ以外は、今時は技官がいないのが普通のようです(昔は結構いたらしい)。まあ、これは機械のメンテナンスなんかを考えるとデメリットしかないのですが、その分気軽に使えるのも確か。日曜の深夜に電顕見るとか、こちらではあり得ないですからね。

誰に対しても権威としてではなく、人としての敬意を払うべきである—Everyone should be respected as an individual, but no one idolized

こちらで生活を始めてほぼ1年が経つが、やはり“文化の違い”を感じる。もちろん、日本とこの国では当然人種も歴史も違うのだから文化の違いはあって当たり前だし、来る前からそんなことは分かっていた。しかし、ここで言いたいことはそういう知識上の文化の差ではなく、もう少し卑近な、日常レベルの“文化の違い”である。習慣と言っても良い。

例えば、この国では(少なくとも植物園の建物の中では)見知らぬ人間であっても目が合えば必ず挨拶するし、ドアを押さえてあげたりする。一方で、あまり列はちゃんと守らないし、公共の乗り物の椅子には平気で土足を乗せる。たぶん、こういったことはみんな意識せずに、生活に組み込まれたものとしてやっているのだろう。日本人だったら躊躇したり、ささいな批難の対象になることも平気でやっている。こういうのが、ワタシが言いたい“文化の違い”だ。

こうした文化の違いの中でも、日本との違いを特に感じるものの1つとして「先生」の呼び方がある。日本では、小、中、高はもちろんだが、大学でも大抵は教員は「名字+先生」で呼ばれる。ワタシも自分の学部、修士時代の指導教員のことは「先生」と呼んで来た。しかし、こちらでは(この王国に限らず、欧米の国ではそうだが)、たとえ自分の指導教員であってもファーストネーム、つまり名前の呼び捨てが普通だ。実際、ワタシも自分の指導教員であるマテューのことをマテューと呼んでいる。そして、向こうもワタシのことをワタシのファーストネームで呼ぶ。

日本の「先生」に対応する用語がないこともあるが(教授であれば、プロフェッサー〜と呼ぶことは可能だが)、こちらでは知り合いなのに敬称をつけて名字を呼ぶことはかなり奇妙に感じるらしい。

ワタシ(渓中悠里・以下、渓):ということで、日本では自分の指導教員のことを呼ぶときは大体、名字に先生という敬称をつけて呼ぶのですよ。まあ、一応その人に対して敬意を払っている、ということですかね。

スーパーバイザーのマテュー・フィリップ・デクラン(以下、マ):ふむん、なるほど、敬意ねえ…するとさしずめ僕は日本なら“デクラン大総督”とでも呼ばれるのかな?

渓:そういうシュールなフレンチジョークなのか、本気なのか分からない冗談はやめてくれますか? 特に、マテュー、あなたの場合、頭のネジがかなり普通の人とは違う方向に回っているので、判断しかねるんですよ。

マ:はは、相変わらずさりげなく僕の人間性を否定するねえ。

渓:いえ、さりげなくではなく、真っ向から否定していますけど?

マ:ははは、それがジャパニーズ・ジョークというヤツかな? 笑えないねえ。

渓:ええ、笑わせようとは思っていませんから。

マ:…僕のこと、少しは尊敬してるのかね? 君は、一体何で僕のところで研究しているの?

渓:ソレハ、もちろんこの分野で素晴らしい研究成果をあげていらっしゃるデクラン大先生のところで学びたいからに、キマッテイマス。

マ:…口調が完全に棒読みなんだけど?

渓:いえいえ、日本人は英語が苦手ですから。時に棒読みになってしまうのも仕方ないですよ。特に本音が言えないときは。まさか、論文を読んで素晴らしい人物と勘違いして来てしまったもののあとで事実を知って後悔している、とか言えないでしょう?

マ:あははは。今日も順調に胃が痛いねえ。

渓:それはお大事に

マ:…ま、しかし、それにしても、日本人は随分と自分の指導教員に対して敬意を払うんだね。センセイ、か。まあ、こっちでも「プロフェッサー」と頭につけて呼ばないと機嫌を悪くする人はいるけどね。大半は、たとえ相手が指導教員でも、教授でもファーストネームで呼び合うかな。

渓:そうですよね。それ自身はフラットな感じでとても良いと思うんですが…しかし…。

マ:何か気になることでも? 日本では自分の指導教員のことを「先生」と呼んでいたから、こちらで指導者である僕をファーストネームで呼び捨てにすることに違和感があるとかかね? はは、まさか君にそんな人に敬意を払う気持ちがあるはずがないか。

渓:ええ、ありませんけど。それが何か(笑)?

マ:…いやあ、君のお母さんもそうだけど、君たち親子の笑顔はゴーゴンに匹敵するね。何というか、殺意さえ感じるよ。

渓:ええ、きっちり込めてますからね。

マ:は、はは…。石化する前に話題を変えたいのだけど、その、ファーストネームで呼び合う時に気になることっていうのは何なんだい?

渓:ええ、まあ、気になるって言うほどのことじゃないんですが…マテューはマテューだからいいんですけど、例えば、同じ博士課程のポルトガル人のパトリシアを呼ぶときは略して「パット」ですよね? でも、同じパトリシアなんだけど、アメリカ人の修士の学生を呼ぶときはみんな「パティ」じゃないですか。何か、その辺の略す方法の法則性がよく分からなくて。まあ、結局、迷ったらどっちも略さずにパトリシア、と呼ぶのですけど。

マ:まあ、それはそんなに気にすることじゃないと思うね。日本にもニックネームで呼び合う習慣はあるんだろう? それと一緒だよ。そんな厳密な理屈や法則は特にないよ。君の名前だって、みんな日本人の名前には慣れていないせいもあるから、「ユーリ」だけじゃなくて、「ユリィ」とか「ユゥリィ」とか「ウィッチ」とかいろいろと呼んでるじゃないか。

渓:…最後、魔女、ですよね?

マ:ははは、やはり聞き逃さなかったか。さすがだよ。

一度、石になった方がいいと思う。

権威的なのはワタシも好きではないので、たとえ相手が指導教員や教授であっても「先生」をつけないのは賛成です。しかし、まあ、やはり日本で育った人間としては、目上の人間を名前で呼び捨てにするのも若干違和感を感じる訳で…。その辺のギャップをどう埋めるか、地味に迷っていたりするところです。

外国人の人でも日本に来ると、相手のことを「〜サン」と呼んでくれる人がいますが、そう言う人は日本の文化のことを多少なりとも理解してくれているのだな、と思います。もちろん、そう呼ばないといけない、という意味ではありませんが。

サイフが軽ければ、こころは重い—Arm am Beutel, krank am Herzen

遺伝、というのはオソろしいものである。はっきり言って、小さい頃は母のことは軽く、いや立派な反面教師と思っていたし、同じ研究者、まして同じ植物学の分野を専攻することになるなど、全く思っていなかった。

しかし、気がつけばワタシ自身も大学に入って学問に興味を持ち、研究者を目指して大学院に。しかも、植物学のほぼ同じ分野。人からは「せっかくだからお母さんの研究室に入って博士号を」みたいな冗談を良く言われるが、それこそ冗談ではない。あんな魔窟みたいなところに入ったら、みたいな自他ともに、いや本人以外は誰もが認める魔女になってしまう。本人は自分のことを「天使みたいな人間だ」と言っているが、きっとローマ法王が聞いたら激怒するのでやめて欲しいと思う。

と言うわけで海外逃亡、というわけでもないのだが、自力で興味のある研究をしている研究者を捜していたら、とある島国の王立植物園にたどり着いた、というのが今ここにいるいきさつである。

現在、ここで植物学の世界では有名なフランス人のもと(要するに世の中では全く無名)、博士課程の研究を行っている。しかし来てみて分かったことだが、実はこのフランス人、同じ研究分野ということで母とは古くからの友人だった。共同研究をしていたこともあったらしい。世界は狭い。特に、植物学の世界は。

というわけで、今日も植物とにらめっこをする日常が過ぎていく。

ワタシ(渓中悠里・以下、渓):マテュー、もうスライドグラスがないんですけど。注文してもいいですか?
スーパーバイザーのマテュー・フィリップ・デクラン(以下、マ):はは、洗って使ってくれるかな、ユーリ。今月は予算がきつくてね。
 渓:(日本語で)毎月言ってるわよね、その台詞。全く、甲斐性なしね
マ:はは、悪口っていうのは何語で言っても分かるんだよ、ユーリ。
渓:お言葉ですけど、せっかく気を使って日本語で言ってあげたんですよ? 本当のことを言うと、傷つくだろうなあ、と思って。空気読んだらどうですか
マ:ははは、君のお母さんにも何度も言ったことだけどね、ユーリ。美人だからと言って何を言っても許される訳じゃないんだよ。
渓:美人…褒めてもらってありがとうございます。
マ:あははは、褒めてないよ。
渓:知ってます。
マ:あははは、ああ、胃が痛いなあ
渓:胃で済んでいるなら、まだ大丈夫ですよ。ワタシのお父さんは、お母さんの毒舌のせいでキリキリと心臓が痛んだそうですから。実際、入院したそうですし。ザラキを唱えられるんですよ、うちの母は。
マ:ザラキ? ああ、あのホッカイドーで食べるバーベキューのことかね?
渓:それはザンギでしょ。微妙な日本文化を知ってますね、相変わらず。しかし、困りますよ、マテュー。スライドグラスなら、まあ、洗って使えないこともないけど、薬品もなくなりかけているものがありますよ。お金、必要ですよ。
マ:そうは言ってもなあ。君が冬に取ったファンド(=政府、機構、財団、大学などが研究者、学生の研究に対して助成するお金のこと。研究者および学生は各ファンドに対して申請書を書き、それをファンド側が審査して助成するかどうかの可否を決める。申請書に書かれている研究の目的、研究計画の完成度、これまでの成果論文などを元になかなかシビアな審査が行われる)のお金も先月までで大体使ってしまったし…。
渓:何か他のファンドには申し込んでいないんですか?
マ:もちろん、申し込んでいるとも。リンネ・ナショナル・トラスト、ヨーロッパ植物園機構、ロンドン広域大学機構、ぶりがに財団…とにかくかたっぱなしから申し込んでいるけど、どれも良い返事がないねえ。
渓:最後のが、何か気になるんですが…まあ、しかし、現実問題としてお金がないと。しかし、お金がないと研究できませんからね。そりゃ、私達の研究は他と比べればそんなにお金がかかるわけじゃないですけど、それでもゼロって訳には…。
マ:ふむん、いっそのこと、何か積極的に金を稼ぐ方法を考えるかな。
渓:積極的ねえ…企業との共同研究で稼ぐとかですか? 研究している当人が言うのも何ですが、文化的側面を除けば、こんな0.1ミリも人類の役に立たなそうな研究にお金を出す企業がありますかね?
マ:いや、昔とある農薬会社と共同研究して助成金をもらった時に懲りたから、最初から企業に頼る気はないよ。
渓:へえ、意外。マテューのくせに企業と共同研究とかしたこと、あるんですね。
マ:はは、念のため言っておくけど、英語で悪口を言うのはもっとダメだよ?
渓:悪口じゃないですよ、賞賛です。
マ:ははは、どう好意的に解釈してもそうは聞こえなかったが?
渓:賞賛に決まってるじゃないですか。どれだけ勇気があるんですか、その企業。彼らに取ってみれば、お金をドブに捨てるようなもんでしょ。
マ:ははは、そっちか。しかし、それにしたって、それは言い過ぎじゃないかな? 何かがどこがで間違えば、私達の研究もどこかで役に立つ可能性もなくはないよ
渓:要約すると、可能性は無限大ってことですよね。ゼロの方に。ふむん、しかし、確かに「ドブに捨てる」は表現が良くなかったですね。訂正します。「ブラックホールに放り込む」にしておきましょう。別の次元の宇宙では役に立つかもしれないですしね、私達の研究。
マ:あははは、壮大な話だなあ。素晴らしいよ、ユーリ。

わりと本気にしてそうで、困る。

こちらの研究はお金が全て。ファンドがとれないと何も進みません。まあ、日本だって基本はそうなんだけど、よりシビアな気がします。特にこちらでは学生といえども、お金をとらないと大学院生をやっていられない。なぜかというと授業料(に相当するもの)がすごく高くて、ファンドを取るか、よほど家が金持ちか(貴族とか)でないと経済的に厳しいのです。アルバイトの口も少なくて(全体の経済がちょいと痛んでいるので、失業者が多く、たとえアルバイトでも普通に応募者が殺到し、学生が仕事を取るのは難しい)、基本的に親から援助を受けてバイトと奨学金で補う、みたいな日本の大学院生のスタイルとはかなり違います。

その分、みんな真剣で(なにしろお金がかかっている!)、年配の人の比率も多いです。30代〜40代前半くらいの大学院生は普通に居て、中にはこの人教授かな、と思ったら学生だったケースもあります。いつになっても学べるというのはいいことですが、逆に言うと若い頃はファンドが取れず、経済的に苦しくて学べない、という現実も…。

一方で、日本は国立大ならば比較的安い(現在は50万円くらい)の学費で大学院生をやることができます。経済的に苦しい学生が増えたとはいえ、バイトの口も、まあ大都市ならたくさんあります。さて、日本と欧州どちらが良いのでしょうか。判断に迷うところです。

まあ、いろいろと違うんだなあと思う次第です。どっちがいいとは一概に言えませんね。ケース・バイ・ケースです。